[定点観測]2001年12月頃の自分~知ること~

 04, 2006 02:58

小学生の頃あった教育の結果をみて。

知らないほうが結果的にいいようなことを教えられたのではないのか?

今の小学生の道徳教育に含まれているか、ちょっと調べたいな。

歴史的事実として学ぶというよりも、

妙な偏見の材料を植え付けるような結果になってませんか?という問題提起。

内容に関しては賛否両論なのは自覚。

差別はなくならないというのは、今も同じスタンス。

自分と他人を区別するという本能がなくなるような人類の局面にならないかぎり、

なんらかの形で残るでしょう。

でも、無くそうと努力するのは美しいよね。 

 

 

◆◇◆◇以下原文◇◆◇◆

~今日の徒然草~(2001.12.17)

 

 またも久方ぶりな徒然草。

数ヶ月ぶりですか。(本当に不定期)

 

 先日、たまたま入った喫茶店にて、

衝撃を受けた事があったので、そのことについて徒然なるままに書いてみようと思います。

 

 一組の50歳付近の女性二人が、なんか資料をめくりつつ、熱っぽく語っていました。

資料は結婚相手の(息子さんのだと感じ取れました)、調査資料の模様です。

 まず、ここで子供の結婚相手を業者(?)に依頼して調べ上げる。。。。。。

という倫理観が嫌いでしたが、さらに私にはショックなテーマを語り合っていたみたいです。

 

 息子さんの結婚相手がどうも、部落な家系の人らしいと。

 

 口調のニュアンスからして偏見を感じました。

なにげに聞いていた私も、盗み聞きではありますが、ハッとして聞き耳立ててしまったり。

 本当に、今も問題は残っていて、差別が発生している現場です。

居たたまれなくなったので、その場は皆まで聞くことなく立ち去りました。

 

 

 思うに、差別というのは無くならないな。

 

というのが、私の思いではあります。

 

 減らす事は出来る。でも、あらゆる差別を根絶する事は不可能だと。

ドライと自覚してはいるけれども、この考えはあります。

 

 もちろん、無くそうと努力し、活動する人達の運動を馬鹿にするものではありません。

「無くす心構え」で活動しなければ、減らす事も難しいじゃないかと。

真摯にそういった活動を行う人達は美しいです。

 でも、「ゼロ」にすることは、現実的に無理と、「各論賛成。総論否定」な立場です。

 

 でも、同和問題は、うまく工夫すれば、時間がかかっても無くす事が出来るのでないか?

そう思うのです。

 

 

 今もおそらく、小中学生の授業では、「道徳」と称して、同和問題を取り上げ、

学ばせていると思います。(今はどうなんでしょうか。少なくとも自分の頃はありました)

 果たして、これは同和問題解決に役立っているのか?

私は疑問に思います。

 

 同和問題的な差別に直面するのは、「就職」・「結婚」といった局面だと認識しています。

つまり直面するのは年齢が、ある程度いった段階ではないかと。

子供時代には、この差別に限ればなかなか機会がないのじゃないか?と想定しています。

 では、子供時代に「道徳」の時間まで設けて、学ぶのはなぜか?

教育委員会の見解は知りませんが、想定するならば、

「少年時代から道徳心を学ばせて、大人になって正しい認識で判断できるように」

ってところでしょうか?

 私は、この少年時代に同和問題を学ばせるのは、意義は否定しませんが、

実効果としては、逆効果ではないか?

 という認識を持っています。

 

 少年時代に、同和問題の差別に直面する機会がないために、

「そういう人達が世の中に存在しているんだ」という認識(知識)が残るだけで、

差別であるという認識まで発展しづらいのではないのか? と。

 

 それまで存在すら知らなかった子供たちに、

「第一印象」な感覚の「偏見」を産み付けてしまっているのでは?、と。

 

 年齢が達した成人で、まともな感覚がならば、

江戸時代とかに作られた、勝手な枠組みを現代社会に適応させるナンセンスさなんて、

持っていて判断できる、と信じています。(信じています)

 子供時代に植え付けられた偏見が、親になった段階で。採用担当者になった段階で甦る。

これをなんとかすれば、同和問題に限れば、根絶する事が出来るのでは?と。

 

 今行われている、道徳授業の中から、「同和問題」を削ってしまう。

これは一つの手ではないかな。と、私は本気で思うわけです。

 知識(偏見)を教えてしまう罪。

 存在(偏見)を知ってしまう罪。

世代的に、この知識に空白世代を作ってしまったらどうなるだろう?

成人して知ったとしても、その判断力なら、ナンセンスだ、と判断できるだろう。

時間はかかるだろう。

でも、世代を超えた頃にはなくなるんじゃないだろうか?

 

 甘いでしょうか?非常識でしょうか?

でも。

試す価値はないのだろうか? そう思うのです。

 

 未だに無くなっていなく、差別の現場を見てしまってから、そう思うのです。

 

◆◇◆◇ここまで◇◆◇◆

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